こんにちは。
前回記事に続き、第2弾の記事となります。
前回記事:「船乗りが若くして資産形成できる3つの理由」
今回は、元航海士の私が船で身につけた、陸でも使える知識・技術を、実体験を交えてご紹介します。(私は外航船員であったため、一部内航船に当てはまりにくいものもございますこと、あらかじめご了承下さい)
目次
1.自己管理・身体能力
2.コミュニケーション能力
3.実用スキル
最後に
1.自己管理・身体能力
船員の働き方・職場環境は、一般的な陸の会社とは異なります。それ故に磨かれる力があります。
①視力 航海士は4時間の当直中ずっと、果てしない水平線の彼方から現れる他船や、小さくて見えにくい漁具などを探し、航海の安全を保っています。
すると必然的にずっと遠いところを見ていることになり、目の筋肉が鍛えられて視力は向上します(個人的な見解ですが、ずっとPCやスマホを見ているより、よほど目に良いのは明白ですよね)。
ちなみに私は視力2.0以上あります。元々視力は良かったほうとはいえ、特に休暇に入った直後は遠くのものがよく見えます。視力が良いことのメリットを挙げるとキリがないですが、お店で探し物をするときなんかに便利です。
余談ですが、星を見るのも目に良いと言われています。 船から見る夜の星空は最高に綺麗です。船からなら人間が見ることのできる限界と言われる6等星まで、全て見えるのではないでしょうか。満天の星空は宇宙の神秘をダイレクトに感じられ、見飽きることはありません。
②体内時計のコントロール力(外航船員) 船は丸い地球を舞台に動き回る乗り物。
必然的に航海中は時差が発生します。多くの船ではタイムゾーン式の時差修正を採用しており、航海中、1日が丸1時間短くなったり(東向き)、逆に丸1時間長くなったり(西向き)します。
また、航海当直や機関当直に入ると、多くの船は「0-4」「4-8」「8-0」(それぞれゼロヨン、ヨンパー、パーゼロと読みます)の三直制を取っています。
航海士や機関士などの士官は、基本的に当直時間が固定である事が多いですが、船によっては甲板部員や機関部員が一緒に当直に入り、部員さんだけ定期的に当直班と作業班がローテーションで入れ替わることがあります。
このような場合に体内時計を短期間で調整する工夫をしておかないと、夜寝られなかったり、朝寝坊してしまったりします。自分も新人時代は何度かやらかしました(笑)。
自分がやった工夫のひとつは、光目覚まし時計を使うこと。強力なブルーライトを発生する光目覚まし時計を使うことで体内時計が整いやすくなるだけでなく、隣の部屋に目覚ましの音で迷惑をかけるということもなくなり、とてもオススメです。(光目覚まし比較)
私はこの方法を採用してからというもの寝坊知らず。陸に上がってからは、早起きして出勤前に自分の時間をゆっくり取る事が出来ています。
2.コミュニケーション能力
航海当直では1日4時間を2回、同じ相手とずっと一緒に2人で過ごすことになります。そうなると話題が尽きてきますので、お互い何とか話題を作ろうとします。
そうこうしていると身につくのがコミュニケーション能力です。
話題が尽きないよう質問のストックを考えたり、話を膨らませる技術を身につけたりすることで、4時間沈黙という苦行から逃れる事が出来ます。
コミュ力を身につけて良かったのは、「今度一緒に入った甲板手さん、なんか恐そうだし話しかけづらいな…」と思っていても、じっくり話してみると優しい一面を持っていたり、恐いのは顔だけで実はとても面白い人だったりということがわかって、いろいろな人と仲良くなれるようになった事です。
どうしても仲良くなれない人も時にはいます。そういう人に対しては、良い距離の取り方が身につきます。
ちなみに建前上、当直中の私語はダメなことになっています。上で言う「話題」とはあくまで当直に関係する話ということにしておいてください。
3.実用スキル
①整理整頓能力 当然ですが、船は揺れます。現在の技術では揺れを小さく抑える事は可能ですが、完全に揺れなくするまでは至っていません。
そう聞くと船酔いを心配する人が多いですが、大型の船ならゆっくり揺れるのでそこはそこまで心配しなくて大丈夫です。どんなに弱い人でも、1日耐えれば慣れることが出来ます。
揺れで最も心配しないといけないのは、物の移動です。
床面に物を散らかしておくと、「揺れ」というより「傾き」で物が滑っていきます。
私は研修生の時に缶ビールの入ったダンボール箱を床に置いていて失敗した事があります。船が傾いた拍子に缶が飛び出し、そのまま壁に衝突。缶に穴が空いてビールが噴出。
しばらくすると船が反対に傾いて、穴の開いた缶は周囲にビールを撒き散らしながら反対側に滑っていく… その後数日は部屋がビール臭かったのを覚えています。
このように、船の上での整理整頓はとても重要です。そうして身についた習慣は、家の中や陸の職場を常に綺麗に保つ事に役立っています。
②DIYの技術(工具、塗装) 航海中何かが必要になっても、船の周囲は果てしない海。お店に物を買いに行く事は出来ません。
機械が故障しても、サービスマンに来てもらえるのは早くても次の港に入ったとき。そのため船内に色々な資機材や予備品をストックして異常事態に備えてはいるのですが、それにも限りがあります。そんな時は船内にある物で、何とかして作る必要があります。
また、船の整備は主にドックに入って行いますが、それ以外の間もこまめに整備してやることで長く安全な状態をキープすることが出来るようにます。
例えば、船体のサビは放っておくとサビがサビを生んで、しまいには鉄板に穴が空いてしまいます。これを船員がこまめにサビ打ちする事で、船の寿命を延ばすことが出来ます。
自分は新卒で船に乗ったとき、スパナの種類すら知らない工作オンチでした。しかし、こうして自分で作業する経験を積むうちに工具や木工、塗装といった知識が身につきました。
今ではホームセンターで工具や材料を買い揃え、本棚や机をDIYで自分好みに作ったりすることに生かしています。
③英語力(外航船員) 近年の外航船は混乗船といって、色々な国出身の人が1隻の船を動かす事が多いです。そうなると英語でのコミュニケーションは必須。日常会話は外国人クルーや代理店などの訪船者と話す時は必然的に英語を使います。
内航船や漁船であっても、VHF無線で外国人が操船する船と交信する場合、簡単な英語は話せなくてはなりません。 また、国際条約や外国の国内法などは英語で書かれており、その読解力も求められます。時には条文の解釈を巡って議論するなどの高度なやりとりも…
こうして船で身につけた英語の能力は一生モノ。ドラえもんが翻訳こんにゃくをポケットから取り出すその日までは、役に立ち続けるでしょう。
④コンピュータの使い方 安全第一の旗の下に色々な規則が出来て、事故が減少傾向にあるのはとても良い事です。しかしながらそれに伴う現場の業務量増加は軽視される傾向にあり、安全に運航している証拠として書類をきちんと揃えることが求められるようになりました。
こういった書類を作るのも一苦労です。しかし、働き方改革の波は船にも来ています。そこは日進月歩で進化を続けるテクノロジーの力でカバーしましょう。
例えば出港前、航海中の船体の安定性を計算する必要があります。 その際、清水や燃料油のタンクの測深し、その結果から容量を求め、ヒールやトリムの影響を考慮し、比重や温度を考慮して・・・要するに色々な計算過程を経て重量を算出します。
そういった数値は造船所から表の形で提供されている事が多いので、これを手で全て探していては大変です。そこで、この数値を一度Excelに入れてしまえばVLOOKUP関数で後から一瞬で参照できるようになります。
こうして身につけたExcelをはじめとしたコンピュータの知識は、言わずもがな、陸のどの職でも生かす事ができるでしょう。
最後に
知識や技術とは少し違うかもしれませんが、船に長く乗っているとあらゆることにありがたみを感じ、感謝できるようになります。
例えばインフラ。現代人は当たり前のように電気や水道を使っていますが、それは誰かが日々点検整備をしてくれているからです。
船で使う水は港で積む必要があります。使い過ぎればなくなります。また、船内の配管に穴が空いたり、ポンプが故障したりすれば、自分たちで対処しなくてはなりません。そうしないと、バケツに水を溜めて使い、空になればタンクまで汲みに行くという事態になりかねません。
海にはスーパーやコンビニなど、あれだけの物を手軽に買いに行ける環境は船の上にありません。こうした不自由の多い船での生活に慣れた状態で陸に上がると、目に写るものほとんどが魔法によって生まれた奇跡のように感じます。
日常の些細なことで怒ったりするより色々なことに感謝した方がより幸せに生きられます。
というわけで、今回は船で身につけた陸で役立つ知識や技術をご紹介しました。人生100年時代、生涯幸福に過ごすためにも色々なスキルを身につけておいた方が良いでしょう。
そのためには過度に分業化された陸の企業で働くより、色々なことを経験できる船の方が効率は良いと私は考えます。
特に手で身につけたスキルは頭で身につけたスキルより忘れにくく、長くあなたを支えることになるのではないでしょうか。
船員という選択肢を考える方の一助になれば幸いです。
著者について 氏名:飯島 竜也(仮名) 職業:外航船員➡船員教育機関 保有資格:一級海技士(航海)、第三級海上無線通信士、他 経歴・船種: 商船高専→商船系大学→海事系大学院(修士)➡海洋調査船 船員を目指したきっかけ:ドラクエVのオープニングに感動したこと
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